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甲府地方裁判所 昭和37年(ワ)18号 判決

原告 森田もと

被告 中野秀男 外一名

主文

一、被告中野秀男は原告に対し、別紙目録〈省略〉の不動産につき甲府地方法務局昭和二九年一二月七日受付第七一三九号を以つてなされた所有権保存登記の抹消登記手続をせよ。

二、被告三枝正雄は原告に対し、右不動産につき同法務局昭和二九年一二月七日受付第七一四一号を以つてなされた所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

三、訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

原告は、主文第一乃至三項同旨の判決を求め、請求の原因として、別紙目録の不動産は、もと訴外中野茂市の所有に属していたが、同人は昭和二八年一一月三日死亡し、その子である原告、被告中野秀男、訴外早川親恵、中野暉男、新井ぎん等五名において共同相続した。然るに、被告中野秀男は、昭和二九年一二月七日自己以外の相続人四名に相続分がない旨の各相続人名義の証明書、並びに印鑑を偽造し、これらを使用して、自己単独で相続したように装い、右不動産につき、甲府地方法務局受付昭和二九年一二月七日第七一三九号を以て自己のため所有権保存登記を経由した。更に、同被告は昭和二八年一一月三〇日右不動産を被告三枝に売却したとして同法務局同年一二月七日受付第七一四一号をもつて右売買による所有権移転登記を経由した。然し同被告は右不動産を単独で売買する権限はないから右売買をしたとしても無効である。よつて、原告は被告中野に対し右所有権保存登記の、被告三枝に対して右所有権移転登記の各抹消登記手続を求める。と述べ、被告の主張事実を争つた。〈立証省略〉

被告中野と被告三枝訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、との判決を求め、答弁として、別紙目録の不動産がもと中野茂市の所有に属していたこと、同人が昭和二八年一一月三日死亡したこと、原告主張の人々が茂市の子でありその相続人であること、原告主張の日右不動産につき原告主張の各登記の経由されたことはいずれも認めるがその他の事実は争う。と述べ、茂市は、生前昭和二七年五月二四日右不動産を代金二二万円で被告三枝に売却し、右被告は右代金を同年一二月一〇日までに数回にわたつて支払い、右不動産は農地であつたので右売買につき昭和二九年一月八日頃農地法第三条による県知事の許可を得た。よつて同被告は右売買による所有権移転登記を茂市に求めたが、同人が右登記手続をしないうちに死亡したので、被告中野と相談の上、便宜、右登記にかえて、茂市の相続人被告中野より買受けたようにすることとし、被告中野が原告主張のような所有権保存登記をなし、次いで、原告主張のような原因による所有権移転登記を経たのであるから右各登記は有効なものである。と述べた。〈立証省略〉

理由

訴外亡中野茂市がもと別紙目録の不動産を所有していたこと、同人が昭和二八年一一月三日死亡したこと、原告、早川親恵、中野暉男、新井ぎん、被告中野秀男の五名が茂市の子でありその相続人であること、右不動産につき原告主張の頃その主張のごとき所有権保存登記及び所有権移転登記の経由されたことは当事者間に争がない。

そこで右各登記の効力を判断する。右各登記の経由された右事実と証人森田栄一の証言原告の供述によりその原本の存在が認められ且ついずれも作成名義人によつて作成されたものでないことの明らかな甲第一乃至四号証の存在、原本の存在に争ない甲第五乃至七号証の存在、成立に争ない甲第八号証の一乃至六、被告中野の供述により真正に成立したと認める乙第一乃至三号証に右証言供述等を総合すると次の事実が認められる。

被告三枝は昭和二七年五月茂市より右不動産を代金二二万円で買受け、右代金を完済し、右売買につき農地法第三条による県知事の許可を得たが、その所有権移転登記を経由する前に茂市が死亡した。ところが、右不動産はいずれも未登記であつたので、被告三枝は右売買による所有権移転登記をするために、被告中野より同人の印鑑証明書と委任状をあずかり、且つ被告中野とともに茂市の共同相続人である早川親恵、原告、中野暉男、新井ぎん四名の各名義の右四名に各相続分はない旨の証明書を右各人に無断で作成し、被告中野が単独相続をしたような形を作り、先ず同人のための所有権保存登記を経、更に被告三枝が被告中野より昭和二八年一一月三〇日右不動産を買受けたように仮構し、右売買を原因とし右所有権移転登記を経たことが認められる。右認定に抵触する証拠はない。

元来、不動産が売買され、その所有権移転登記の経由されないうちに売主が死亡した場合は、買主と売主の相続人によつて売主より買主への所有権移転登記が経由されるのであるが、右不動産が未登記である場合は、先ず、売主の相続人によつてすでに死亡している売主名義の所有権保存登記が経由され、次いで右相続人と買主により売主、買主間の所有権移転登記が経由されるのを本則とするが、右方法によらず便宜、先ず相続人名義で所有権保存登記を経由した後相続人より買主に売買した形をとり相続人より買主への所有権移転登記を経ることも、実体関係には一致しないがなお有効であると解せられる。本件においては、右手続中後者によつたものであるが、その手続中被告三枝同中野は、右中野の相続人としての保存登記を経るに際し、同人以外の共同相続人になんらの相談をもせずに、右共同相続人等に相続分がない旨の各相続人名義の証明書を偽造し、右中野の単独相続のように装い、その登記を経、更に、右中野が被告三枝に売却したよう仮構し右移転登記を経たものである。そして、登記は、権利の変動を公示するものであるから、たとえ、現在の右不動産についての権利関係が登記簿上のそれと合致していても、その経過途中に右のように真実の実体関係と異る偽造文書による表示がなされている場合は右登記は無効であると言わなければならない。よつて、売主茂市の相続人として右各登記の抹消登記手続を求める原告の請求を認容し、訴訟費用を被告等に負担せしめる。

(裁判官 田尾桃二)

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